競馬人物誌

背中にベッタリ泥男の巻

(秋華賞のファインモーション号)
競馬場やウインズには実に不思議な人物が存在する。今回の登場人物も理解に苦しむ一人
である。私がまだ八幡ウインズではなく、小倉の競馬場に通っていた頃の話である。
その男はたまに見かける顔ではあったが、ある日突然目の前に現れた。レースが始まるので
いつもの場内テレビの下で観戦しようとしていた時のことである。目の前に現れたその男の背
中には、ベットリと泥がついていたのである。思わず2,3歩後すざりするほど、異様な光景に
に見えたが、男は平然とテレビに集中しているようであった。

乾いた泥ならはたけば取れようが、なにしろ濡れた泥なので洗わなければ取れそうもない。
レースもさることながら、その背中の泥の原因に興味が湧きはじめた。彼はいわゆる当時サラ
金と呼ばれる小さな金融会社から、借金をしてまで競馬にのめりこんでいた。借金が溜まるに
つれ、取り立ても厳しくなってきた。前日手にしたばかりの給料を持っていたが、朝から取立て
の男数人に追われた。懸命に逃げ回りやっとのことで、競馬場に逃げ込んできたのである。

しかし、競馬場の中にも取り立て屋の一人が現れ、競馬場の中を必死で逃げているとき、水溜
りに足を取られ、背中から倒れこんだのである。背中の泥はそのときの勲章である。彼には泥
などはどうでも良かった。馬券を当てて、少しでも返済に充てる必要があった。テレビの実況は
各馬のゴールの瞬間を放映していたが、彼は弾かれたように何処かへ消えてしまった。


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